「読めるはずなのに、どうして何も出てこないんだろう」
英語がうまく出てこなくて、会話から静かに引いてしまったこと。ありませんか。
こんな場面は、ありませんか?
・会議で発言できず、終わってから言いたかったことが浮かんだ
・旅行先で聞き返せないまま、話が途中で終わってしまった
・目の前で英語のやりとりが続いているのを、黙って見ていた
私もあります。
いちばん古い記憶は、大学生のときです。国際交流イベントで、これから日本に留学してくるという学生たちと話す機会がありました。
日本に来るくらいだから日本語も通じるだろうと勝手に思っていたのですが、実際には通じませんでした。会話は英語でした。
二、三人で、日本のことを話す流れになりました。そこで起きたことが、これです。
あの日、起きたこと
日本の教育制度は、就職活動は、と聞かれる。
→ 言いたいことは分かるのに、説明できない。
→ そもそも聞き取れない単語も、たくさんある。
→ 相手の相槌が、だんだん短くなる。
→ 私は、黙って引いた。
食い下がることも、できませんでした。自分が話せないということが、その場で分かってしまったからです。
もっと英語がうまければ、この人たちともっと仲良くなれたのではないか。もっと深い話ができたのではないか。そう思いました。悔しくて、少し寂しかったです。
場面は違っても、あとに残る感じは近いのではないかと思っています。うまく言えなかったという事実そのものより、その場で自分がどう見えたかのほうが、長く残るタイプの気持ちです。
💡 先に結論
「英語が話せなくて悔しい」と検索すると、その悔しさをバネにしよう、という記事がたくさん出てきます。ですが私の場合、悔しさは、そのままでは燃料になりませんでした。私がその悔しさにしたことは、蓋をすることでした。この記事では、その悔しさが実際には何だったのかと、何をきっかけに消えていったのかを書きます。
📖 この記事でわかること
・悔しさが「バネ」にならなかったとき、私に何が起きていたのか
・同じ「話せない」でも、刺さり方がまるで違った理由
・その気持ちが薄れたきっかけ(話せるようになったから、ではありません)
一度目は大学生のとき。悔しさはバネになりませんでした
そのイベントのあと、私は英語の勉強を始めていません。
やったことは、その経験に蓋をすることでした。思い出さないようにして、日常に戻りました。悔しさは、私を動かしてくれませんでした。
これを書くのは、「悔しさをバネにしよう」という考え方を否定するためではありません。実際にそれで動き出せる人はいますし、その勢いは本物だと思います。
ただ、悔しさを燃料にできなかった人間も、ここにいます。
そして今になって振り返ると、燃料にならなかったのには理由がありました。当時の私は、悔しいとは思っていたのに、そこから何をすればいいのかを一つも持っていなかったのです。
行き先のない感情は、行き場がありません。だから蓋をするしかなかったのだと思います。
そもそも、英語が話せないとなぜ悔しいのでしょうか
あのとき効いていたのは、英語ができなかったことそのものよりも、そこで会話が終わってしまったことのほうでした。
ここから先は、当時の記憶を振り返っての私なりの整理です。
相槌が短くなっていくのを感じたとき、私は「この人はもう、私と話を続けようとしていないのだろうな」と受け取りました。
相手が実際にどう思っていたのかは分かりません。ですが、私にはそう感じられました。そして、そう感じてしまった時点で、私のほうから引いてしまいました。
「勉強はしてきたはずなのに、なんでこんなに悔しいんだろう」
テストで点が取れないのとは、性質が違います。
| テストで点が取れない | 悪いのは、点数だけ |
| 会話で言葉が出ない | 目の前に、相手がいる |
会話には相手がいます。
だから、英語ができないという事実が、そのままこの人とは仲良くなれなかったという結果に変わってしまいます。
私が悔しかったのは、たぶん英語の出来そのものではありませんでした。目の前にいた人と、知り合えたかもしれないのに知り合えませんでした。
その一回きりの機会が、静かに閉じていった感じです。少し寂しかったと書いたのは、そういう意味です。
「英語が話せなくて悔しい」と検索される方の場面は、それぞれ違うと思います。仕事の会議かもしれませんし、旅行先かもしれませんし、身近な誰かとの会話かもしれません。
ただ、共通しているのはそこに相手がいたということだと思います。ひとりで問題集を解いていて悔しくなることは、あまりないはずです。
二度目は、オンライン英会話でした
数年後、私は同じところで詰まりました。
社会人になってから使いはじめました。
そこでも、詰まりました。自己紹介までは言えたのです。名前、仕事、英語を勉強している理由。
そこは準備していましたから。ですが、そのあとに来た「週末の予定は?」という、なんてことのない質問で口が止まりました。
このとき私の中に浮かんだのが、あのイベントの記憶でした。こんな経験、前にもしたな、と少し思い出した程度です。
ドラマチックな再会ではありません。ですが、蓋をしていたものが、たしかにそこにありました。
ここで正直に書いておきたいことがあります。このときの感情は、「悔しい」ではありませんでした。
近いのは、悲しさでした。そして、絶望感に近いものが混ざっていました。あとから整理すると、三つに分かれます。
あのとき私の中にあったもの
① 会話が全く成立しなかった悲しさ
② 受験であれだけ英語をやってきて、読めるのに話せなかった悲しさ
③ 読むために暗唱という重い作業をやったのに、話すためにまたあれをやるのか、というガッカリ感
①は、単純に会話が成り立たなかったことです。レッスンが終わると、講師からはいつも同じような評価が届きました。発音がいいですね、この調子で続ければ大丈夫です、と。優しい言葉です。
ですが私は、会話が成立していないことに気づいていました。褒められるほど、これは誰にでも送っている文面なのだろうな、と思いました。その静かなズレが、じわじわとこたえました。
②は、受験のことです。私は英語が得意なほうでした。長文も読めましたし、そのために時間もかけました。その積み上げが、話す場面では一つも出てきませんでした。
やってきたことが無駄だったとまでは思いませんでしたが、あれだけやって、これなのかとは思いました。
そして、いちばん語られないのが③でした。
私は高校時代に、英文を暗唱できるまで読み込むという授業を受けています。おかげで長文は読めるようになりましたし、受験も突破できました。ですが、あれは相当に負荷の高い作業でした。
オンライン英会話で詰まったとき、私はうっすら気づいていました。このまま話す練習だけを続けても、たぶん伸びないのだろうと。それなりに入れる作業が必要なのだろうと。
つまり、答えの方向はぼんやり見えていたのです。それなのに、そのとき出てきた気持ちはやる気ではなく、ガッカリでした。
正しいやり方が見えた瞬間に、げんなりしてしまいます。これは、あまり語られないことだと思います。ですが、同じ場所にいる方には伝わるのではないでしょうか。
このときのレッスンで何が起きていたのかは、別記事に詳しく書きました。

三度目は留学初日。同じ「話せない」でも、刺さり方が違いました
三度目の「話せない」は、留学の初日でした。ところが、このときだけ残った気持ちがまるで違いました。
その後、私はIELTSで6.5を取り、オランダの大学院に留学しました。
そして留学の初日に、また通じませんでした。スコアは持っているのに、目の前の会話にはついていけません。三度目の「話せない」です。
ところが、このときの感情は、それまでとはっきり違っていました。
「うわ、IELTSを持っていても全然だめじゃないか。これからは会話のほうに慣れていかないとな」。だいたい、そのくらいの感じでした。
同じ通じなさなのに、衝撃は初期の頃よりずっと小さかったのです。
なぜかと考えると、理由ははっきりしています。そのときの私は、スコアを取れたという経験を持っていました。
話すための勉強も、こうやればいけるという感覚がありました。だから、通じなかったという事実を、次にやることに変換できたのです。
並べてみると、こうなります。
| そのときの私 | やり方が見えていたか | 残った気持ち |
|---|---|---|
| 大学生・国際交流イベント | 見えていない | 悔しさ、寂しさ → 蓋をした |
| 社会人・オンライン英会話 | ぼんやり見えたが重かった | 悲しさ、絶望感、ガッカリ感 |
| 留学初日 | 見えている | 慣れていこう、という判断 |
英語力の順で並んでいるように見えますが、気持ちの重さは英語力の順ではありません。
留学初日の私は、大学生の私よりはるかに英語ができました。それでも通じなかったのに、あのときのような寂しさにはなりませんでした。
この重さを決めていたのは、英語力ではなく、次に何をすればいいかを持っているかどうかでした。
だから、いま強く悔しいのだとしたら、それは英語ができないからではないのかもしれません。行き先がまだ見えていないからだ、という可能性があります。
「じゃあ、私は何から始めればいいの?」
方向が見えたのは、DUOの暗唱からでした
私の場合、それはDUO 3.0の例文を暗唱できるようになってからでした。
ガッカリしていた、あの重い作業です。結局、そこに戻ってきました。
ただ、やってみて分かったことがあります。詰まっていた原因は、単語を知らないことではありませんでした。
そのあとにどういう内容が来て、その内容にあたる単語をどう使うのかを知らなかったのです。単語単体ではなく文で覚えると、そこが埋まっていきました。
そして、覚えた例文を独り言で組み合わせているうちに、ある程度は自分で文を作れるようになりました。ここが、私にとっての分かれ目でした。
あの重さが消えたのは、話せるようになったからではありません。手順が分かったからです。
この順番は、あとから振り返ると単純でした。
私がやっと踏んだ順番
STEP1 口から出せる文を、先に持っておく(暗唱で在庫をつくる)
STEP2 その在庫を持って、実際に話す場に出る
私は長いあいだ、この二つを逆にしていました。
👉 暗唱で土台を作った具体的なやり方はこちらです: IELTS Speaking・Writingが伸びない人がやるべきこと|DUO 3.0で“窮屈な英語”から抜け出した話
👉 「読めるのに話せない」そのものについては、こちらにまとめています: 英語が読めるけど話せない原因と解決法|受験英語止まりだった社会人が克服した方法
「いきなり人に向かって話すのはまだきつい」という段階なら、AI相手のアプリで口を動かす回数を稼ぐという入り方もあります。
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今、悔しさはほとんどありません
今、あの重さはほとんどありません。
知らない表現は今でも出てきますし、聞き取れないこともあります。ですが、そこで気持ちが沈むことはなくなりました。
今まで通りやっていけば大丈夫だろう、という感覚のほうが強いからです。方向は分かっているので、あとは量を積むだけだ、という感じです。
誤解のないように書いておきますが、これはもう全部話せるようになりました、という意味ではありません。
話せない場面は今もあります。ただ、その場面に出くわしたときに、自分が何をすればいいのかが分かっているというだけのことです。
そしてこの「あとは量を積むだけ」という感覚は、土台ができたあとの話です。順番が逆だと、量はうまく効いてくれません。私はそれを、実際に逆からやって確かめてしまいました。
まとめ
💡 この記事のまとめ
・私の悔しさは、バネになりませんでした。蓋をしただけでした
・数年後に同じ場面が来たとき、出てきたのは悔しさですらなく、悲しさと絶望感とガッカリ感でした
・同じ「通じない」でも、次にやることを持っているときは、刺さり方がまるで違いました
・あの重さが薄れたのは、話せるようになったからではなく、手順が分かったからでした
もし今、うまく言葉が出なくて悔しいのだとしたら、その気持ちをうまく燃やせないとしても、それで構わないのだと思います。燃やせなくても、進みかたはあります。
私の場合は、口から出せる文を先に増やしてから、話す場に出ました。順番をそう入れ替えただけで、あの重さは静かに引いていきました。
何から始めればいいのか迷っている方は、順番を5つのステップに整理したこちらをどうぞ。



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